踏み込まれたり踏み込んだり・・・いろいろあるよね。人間だもの。
と言いながらも、生存的欲求の前ではこの余裕も塵芥のように消え去ります。
特に空腹を目の前にした時は、しんどいよね。
今日は境界線でもちょっと番外編と言いますか。
ファウンデーションを学んだ上で私が「これはどうしようもないね」という体験談です。
相手と分かり合うために境界線をノックする事。 ってありませんか?
「この人の事知りたいんだけど、どこまでなら踏み込んでもOKかな?」
「この人探り入れてきてるなぁ。遠慮せずにズバッと聞いてくれてもいいんだけど」
って少なからず感じた事ってありませんか?
私は結構あったりします。
そんな時は、相手の反応を探りつつ自己開示ししたり「ちょっと踏み込んだことを聞いてもいい?」と了承を取って聞いたりしますが・・・
相手も同じように自己開示をしてくれるとは限らないからなぁ。
そんな時「こっちがこれだけ開示してるのに!信用してくれないなんて!」
と子供の頃は思っていましたが、ファウンデーションを学んで理解したのは
「相手が開示してもしなくても、それは相手の自由なんだから気長に待てばいいや」
と変わりました。
中には境界線をノックしても、あからさまに無視する人もいますが
そういう人と理解し合おうと努力したとしても、結局のところ無理が生じて取り返しのつかなくなる関係性になる可能性がとても高いため、そういう人とは「住む世界が違うんだな」という事で、深入りせずにサヨナラを選択するのも、大事なことなんだよな。と思います。
「この人との関係を大切にしないと迷惑がかかるから。」
と気に病む心の優しい人は、ちょっとだけ目線を遠くに移動させてみて。
だって・・・
心を尽くしたにもかかわらず、無視したり難癖付けてくる人と仲良くするために自分の限られた時間を使うくらいなら、私が本当に好きな人と素敵な良い関係を作る時間を大切にしたほうが、私が幸せになるよ!
明日死ぬかもしれない。としたら大事な人との時間を優先したくない?
それって逆もありで
自分があえて関わろうとすることで、相手の他に向かうエネルギーを奪ってることにも!
なので
「あなたは貴方の世界でどうぞお幸せに、私は私の世界で生きていくので」
と割り切るのも、お互いの幸せのためにはすごく大切なことだと思います。
4ん年かけてやっとそういう心境までにたどり着いた不惑のお年頃
も中ごろに差し掛かった私ですが
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